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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)19号 判決

和歌山市西小二里一丁目四番二号

控訴人

小原楠一

右訴訟代理人弁護士

水野武夫

増市徹

飯村佳夫

田原睦夫

栗原良扶

尾崎雅俊

和歌山市湊通丁北一丁目一番地

被控訴人

和歌山税務署長

藤田義則

右指定代理人

高須要子

菊井敏博

濱本久雄

岸本貴行

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、昭和五八年七月二〇日付けでした、控訴人の昭和五七年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二主張、証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一一枚目表二行目の「一出帯」を「一世帯」に、同一六枚目表八行目の「書証目録、証人等目録」を「原審及び当審における書証目録並びに原審における証人等目録」に各改める。)

一  控訴人の主張

1  甲建物(原判決添付の物件目録第一2記載に建物)と本件建物(同目録二記載の建物)が合わせて一の居住用家屋を構成することについて

(一) 措置法(昭和五八年法律第一一号による改正前の租税特別措置法)三五条一項が居住用財産の譲渡の場合に三〇〇〇万円の控除を認めたのは、居住用財産の譲渡については一般の財産の譲渡の場合と異なり、処分した財産に代わる新たな居住用財産を取得しなければならないという特殊な事情があり、担税力が弱いことを考慮したものである。このことは憲法一三条、二五条の定める国民の健康で文化的な生活を税制面からも保障しようというものである。したがつて、居住の用に供している建物が二棟ある場合に、これらが合わせて一の居住用家屋であるか否かを判断するには、単に各建物が物理的に別個の建物であるか否かを基準とすべきではなく、右立法趣旨にのつとり、建物の構造、設備、機能、立地状況、居住する家族の構成、生計の状況又は建物の使用状況等を総合して、両建物が実質的に一体として一の機能を有する一揃えの家屋と見られるかどうかにより決すべきである。

(二) そこで、甲建物及び本件建物の構造、設備、機能、立地条件、居住する家族の構成及び両建物の使用状況等をみると、次のとおりである。

(1) 甲建物及び本件建物は共に独立した二棟の建物であり、それぞれに玄関、居室、台所、風呂、便所があつたが、本件建物の台所及び風呂は、控訴人がその所有権を取得して以来ほとんど使用せず、台所、風呂としては機能していなかつた。

(2) 右両建物は互いに近接しており、その距離はわずか五メートル程度で、幅約七〇センチメートルの路地で連絡され、行き来が可能である。

(3) 甲建物は六畳の和室、五畳の食堂兼居間兼寝室、三畳の和室及び四畳の台所から成り、昭和四九年に控訴人が本件土地建物(原判決添付の物件目録二記載の土地建物)を取得するまでは、控訴人とその妻及び三名の子(当時長女が一八歳、二女が一五歳、長男が一三歳)は甲建物に居住していた。

(4) 本件建物を取得した当時の甲建物の使用状況は、六畳の和室には和だんす、五尺だんす、整理だんす仏壇及び鏡台が置かれており、同室には控訴人一人が就寝するだけの空間しかなく、五畳の食堂兼居間兼寝室には勉強机、茶だんす、テレビ、整理だんす及び水冷クーラーが置かれていたため、残りの空間で三名の子が重なり合うようにして就寝し、控訴人の妻は、右和室と食堂兼居間兼寝室を仕切るふすまを取り払つて右両室の境目付近で就寝し、三畳の和室には勉強机二個とオルガンが置かれ、台所には流し、水屋、サイドボード、冷蔵庫等が置かれ、甲建物のどこにもゆとりがなかつた。

(5) 控訴人は、子らが成長するにつれ、甲建物では十全な家庭生活を営むことができなくなつたので、生活の本拠たる建物を拡張することを目的として、前記のとおり本件土地建物を取得したもので、その意図は右両建物を一体として生活の本拠とすることにあつた。

(6) 本件土地建物購入後の控訴人ら家族の建物の使用状況は、本件建物の六畳、四・五畳及び三畳の各和室は三名の子らの勉強部屋及び寝室として使用し、甲建物は控訴人夫婦の寝室、家族全員の食堂及び居間として使用していた。三名の子らは、甲建物で控訴人ら夫婦と共に食事をとり、甲建物の風呂で入浴し、パジャマ姿のまま甲建物と本件建物の間を行き来し、控訴人の妻は、夕食の用意ができると、甲建物の勝手口から本件建物にいる子らを呼んでいた。

(7) 控訴人は、昭和五七年に本件土地建物を売却し、その代りに甲建物に隣接する乙土地建物(原判決添付の物件目録三記載の土地建物)を購入し、両建物の間の壁の一部を取り除いて、両建物を一体のものとして使用している。そして、控訴人は、乙建物を購入後右建物の改造工事をする間、甲建物だけでは十全な生活ができないので、本件建物を借りて従前の生活を維持していた。

(三) 以上の事実関係によれば、甲建物と本件建物とが実質的に一体として、控訴人及びその家族の生活の本拠としての機能を有していたことが明らかであるから、右両建物は、合わせて一の居住用家屋を構成するものというべきである。

2  本件譲渡(本件土地建物の譲渡)につき措置法三五条一項が適用されることについて

(一) 前記のとおり、本件建物は甲建物とともに一の居住用家屋を構成するものであるから、控訴人が本件建物を売却したことは、居住用家屋の一部を譲渡した場合に該当する。

(二) 居住用家屋の一部を譲渡した場合の取り扱いについては、法令は何らの規定をも置いていないから、結局措置法三五条一項の解釈によることになる。同条項の立法趣旨は前記のとおりであり、国民に住居の確保を保障しようとするものであることに鑑みると、居住用家屋の一部を譲渡した場合であつても、残部のみで十分に居住することが可能であり、新たに住居を取得する必要のない場合には措置法三五条一項の適用を受けさせる必要はないが、残部のみでは居住用家屋として機能せず、他に新たな住居を取得しなければならない場合には、居住用家屋全部を譲渡した場合と異なるところはないから、同条項の適用を認めるべきである。そして、右残部のみで居住することが可能であるか否かを判断するについても、建物の物理的外形のみを基準にすべきではなく、同条項の前記立法趣旨にのつとり、当該残部の構造、設備、使用状況、居住する家族の構成、生計の状況等を総合して実質的に決定すべきである。措置法三五条関係の通達三五-七が同法三五条一項の解釈基準として、「当該譲渡した部分以外の部分が機能的にみて独立した居住用の家屋と認められない場合」には、当該譲渡は同条項に規定する譲渡に該当する旨の解釈基準を示しているのは、右に述べた意味で残部が独立の居住用家屋として機能するものであるかどうかを考慮すべきことを意味するものである。

(三) 前記-(二)の各事情に、本件建物を譲渡した当時の控訴人の家族(夫婦と成人の子2名)にとつて、甲建物のみでの生活が、昭和五〇年の住宅宅地審議会がその答申において示した「国民が健全な住生活を享受するに足りる居住の最低水準」よりもはるかに低い居住水準のものであることを総合して考えると、控訴人が本件譲渡をした当時、甲建物は機能的にみて独立した居住用家屋であつたとは到底言い得ないものである。したがつて、本件譲渡については措置法三五条一項の適用があるというべきである。

なお、原判決は、措置法三五条一項を、住宅政策の一環として定められた特則・例外規定であるとし、不公平の拡大を防止するため、同条項の解釈に当つては狭義性、厳格性が要請される旨判示するが、右は同条項の前記立法趣旨を看過し、規定の形式のみにとらわれた誤つた見解によるものである。同条項を実質的にみれば、「担税力のあるところに課税し、担税力のないところには課税せず」との税法上の基本原則を確認的に定めたにすぎず、これを特則・例外規定であるということはできない。したがつて、同条項の解釈を、租税法規の一般的解釈基準を超えて、殊更に狭義かつ厳格に解釈すべき理由はない。

二  被控訴人の認否及び反論

1  控訴人の主張はいずれも争う。

2(一)  本件譲渡の当時、控訴人は、本件建物のほかに甲建物を所有していたから、施行令(租税特別措置法施行令)二三条一項にいう「その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合」に当たり、かつ、控訴人ら家族の右両建物への居住状況に照らすと、甲建物こそ同条項の「主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」に該当するものというべきである。

(二)  控訴人は、措置法三五条一項は、居住用財産を譲渡する者は一般の財産を譲渡する場合と異なり担税力が弱いことを考慮した規定であり、なんら特則、例外規定ではないから、殊更狭義かつ厳格に解釈すべき理由はないと主張するが、右主張は同条項の立法趣旨を一面的にとらえた独自の見解であり失当である。

措置法三五条一項は、個人が居住用家屋を譲渡した場合はこれに代わる新たな家屋を入手しなければならないが、新たな家屋を購入する際、右譲渡所得にかかる税金分だけ住居の規模を縮少しなければならないのでは酷になる場合もあることを考慮して、通常の居住用家屋であれば特別控除額の範囲内で購入できるであろうとの配慮から、その譲渡所得につき特別控除という税制上の特例措置の制度を設けたのであつて、これにより居住用家屋の取得を容易にし、住宅建設を促進しようというものである。

居住用財産の取得代金を調達するための資産譲渡の態様としては、従前の居住用財産の譲渡だけでなく、例えば従前借家に居住していた者が雑種地等非居住用財産を譲渡する場合も考えられる。後者の場合には、一般の財産を譲渡した場合と同様にその譲渡金額に対して課税されるのであるから、そのような場合との均衡等を考えるならば、税負担公平の原則から不公平が拡大しないよう措置法三五条一項の要件を厳格に解釈するのは当然である。同条項は、右特例措置の適用を「政令で定めるものの譲渡」に限定し、施行令二三条一項はこれを受けて、「その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものとする。」との制限を付して、右特例条項の施行による不公平が拡大しないよう担保しているのである。

(三)  控訴人は、居住用建物が二棟ある場合でも、単に物理的に別個の建物であるか否かを基準とすべきではなく、建物の構造、設備、機能、立地条件、居住する家族の構成、生計の状況又は建物の使用状況等を総合して、両建物が実質的に一体として一の機能を有する一構えの家屋と見られる場合には「一の家屋」であると主張するが、右主張は控訴人の独自の見解によるものであり失当である。

二棟の建物であつても一構えの家屋と言い得る場合がないではないが、その判定は、まずそれぞれの建物につき隣接性、建物の構造、設備等の外形や機能、立地状況を見た上で、二義的にその者及びその家族の使用状況等を参酌してなすべきである。この場合、家族構成上必要か否かは必ずしも重要な判断要素ではない。一構えの一の家屋と言い得るのは、母屋のほかに単独で居住の用に供するに足りる機能を具備しない隠居部屋、子供の勉強部屋、茶室、四阿、土蔵等が別棟として存在する場合である。いずれも玄関、居間、寝室、台所、風呂及び便所等を備えた本件建物及び甲建物は、それぞれ独立して居住の用に供しうる機能を具備する建物であり、これを一構えの「一の家屋」とは到底言い得ないものである。

(四)  仮に本件建物と甲建物が一構えの家屋であるとしても、本件譲渡には措置法三五条一項の適用はない。すなわち、同条項にいう「家屋の譲渡」とは一の家屋全部の譲渡をいうものと解すべきものである。ただ、一の家屋の一部を譲渡した場合に、譲渡後に残つた部分が機能的にみて独立した居住用家屋と認められない場合には、当該家屋全部の譲渡があつたものとみるのが実情に合致するから、そのような場合に限つて、同条項の適用があるというべきである。しかるに、甲建物は、本件譲渡の当時、玄関、居間、寝室、台所、風呂及び便所等を備え、控訴人の子供らの食事、入浴も甲建物でしており、機能的にみて独立した居住用家屋と認め得る機能を有しており、その面積も控訴人の家族四人が居住し得ない程狭隘であるとも言えないから、たとい本件建物の譲渡が一構えの家屋の一部の譲渡に当たるとしても、右譲渡に措置法三五条一項の適用はない。

理由

一  当裁判所も控訴人の請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決の訂正

原判決一七枚目表五行目の「当事者」及び同一八枚目表三行目の「当事者」の前にそれぞれ「前記」を加え、同四行目の「第八、」を「第八ないし」に、同五行目の「真正に成立したもの」を「本件建物と甲建物間の通路の写真であると認められる検甲第一号証及び本件建物の写真である」に、同六行目の「及び」を「、」に各改め、同七行目の「証言」の次に「並びに弁論の全趣旨」を加え、同一九枚目表三行目の「二以上する」を「二以上有する」に改め、同二一枚目裏四行目の「国税通則法」の次に「(昭和五九年法律第五号による改正前のもの、以下同じ。)」を加える。

2  控訴人の主張に対する判断

控訴人は、甲建物と本件建物は合わせて一の居住用家屋を構成し、本件建物の譲渡は一の居住用家屋の一部を譲渡した場合に該当するところ、本件譲渡をした当時、甲建物は機能的にみて独立した居住用家屋とは言い得ないものであつたから、本件譲渡につき措置法三五条一項の適用があると主張し、さらに、同条項は、「担税力のあるところに課税し、担税力のないところには課税せず」との税法上の基本原則を確認的に定めたもので、特則・例外規定ではないから、同条項の解釈を殊更狭義かつ厳格に解釈すべきではないと主張する。

しかしながら、措置法三五条1項は、居住用財産の譲渡の場合には一般の資産の譲渡に比して特殊な事情にあり、担税力が弱いこと等をも考慮し、かつ、住宅政策上の見地から、居住用財産の譲渡所得につき三〇〇〇万円の特別控除を認めることを定めたものであつて、非居住用財産の譲渡の場合などと対比すれば明らかなとおり、同条項は特則・例外規定であるというべきである。

租税法律主義の見地から、一般に租税法の規定はみだりに拡張適用すべきものではないが(最高裁昭和四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三三三頁参照)、中でも特則・例外規定たる非課税要件規定については、租税負担公平の原則から不公平の拡大を防止するため、解釈の狭義性、厳格性が要請されるものと解する。

原判決理由二2二で認定の事実関係によれば、甲建物と本件建物はそれぞれ別個の独立した居住用家屋であると認めるのが相当である。原審証人小原久子の証言によれば、控訴人の主張1二(3)ないし(7)の各事実がおおむね認められるが、二棟以上の建物が合わせて一構えの家屋であると認められるか否かは、まずそれぞれの建物の規模、構造、間取り、設備、各建物間の距離等客観的状況によつて判定すべきであり、当該個人及びその家族の使用状況等主観的事情は二義的に参酌すべき要素にすぎないというべきであるから、右各事実が認められるからといつて、甲建物と本件建物があわせて一の居住用家屋を構成するものと認めることはできない。

したがつて、本件譲渡につき措置法三五条一項が適用される旨の控訴人の主張は採用することができない。

二  よつて、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 日野原昌 裁判官 大須賀欣一 裁判官 大谷種臣)

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